売れっ子のリサイタル

年末にピアノコンサートに行っておくべきだ、

と、半ば脅迫されたような気持ち・義務感を少し前から持っていて、いったんはコンサート情報を調べてみたものの、惹かれるような演奏家、プログラムもなく、何となくだが流したままにしていた。

 

だが、このところの気持ちの変化(悪い方への)で、置き去りにしていたこの事案を放っておいてはまずい気が、何故かしてきた。

 

そのため、改めてコンサート情報を調べ直してみた。

 

すぐに小林愛実のリサイタル情報が目に飛び込んできた。

 

予約は偶々今日からだ。

席もサイト上で選べるらしい。

 

今なら良い席が抑えられると、急ぎ予約をしようと意気込んだが画面が展開しない。

それが、今日の夜中の1時前。

 

良く画面を見たところ、それは本日の正午からだった。

 

私事があるとして職場を早退し、午後1時前には家に戻ってきた。

だが、帰るや否や家のごたごたがあって、結局、予約登録の手続きが出来たのが3時少し前になってしまった。

 

ピアノの良い音がするのは、ステージに向かって右側かもしれないが、自分は演奏者の手の動きが見たいから、ステージに向かってホールの左舷の席が欲しいのだ。

 

そしてそれは誰もが思うのだろう。

 

左側の席はほとんどが既に埋まっていた。

 

残った左側で抑えることは出来たけれど、本当にそれは左の端の端。

 

サントリーホール(大ホール)のアーキテクチャを知らないから、檀上の演奏家がどのような形で視野に入ってくるかはわからないけれど、ひょっとしたら背中しか見えないのではないかと一瞬ひるんだ。

 

彼女、ぎゅーんと背中を丸めてピアノにかじりつくように打鍵していた記憶がある。

 

何が悲しくて、演奏中、ずっとその猫背を見つめていなくてはならないのだ。

 

そういうこともあって、予約を止めようか、別のアーティストにしようかと迷いが生じた。

 

だがここで引き返しては、今までの自分の繰り返しだ。道が無い。

 

結果はどうあれ、進むことが肝心だと、入力手続きを進めていくと、最終的に支払総額が明示された完了画面に行きついた。

 

チケット本体以外に、諸経費がチケットの4分の1も必要だ。

この付帯費用が自分の中では微妙に納得しかねる金額で、今までなら即座にこれで引き返していたところ。

 

再び迷いが生じ、後戻りしたい気持ちが俄に立ち昇ったが、堪えて完了ボタンを押し切った。

 

キャンセルは出来ない。

 

気に食わない席での納得できないままにした予約に対する僅かばかりの後悔と、家族のごたごたが無ければもっと良い席が取れたかもしれないのにという怨恨で、息苦しくなった。

 

万事準備してきたのに、またもや上手く行かないのだ。

 

いっそのこと、(小林愛実の情報とともに出ていた)アルゲリッチのリサイタルの方が良かったのかも、とチケット情報を調べてみたら、少し前から発売していたみたいでこっちは1万6千円のS席が少し残っているだけであった。

 

この条件では容易に予約は出来ない。

 

ポピュラーやロック分野の人気歌手ほどではないにしろ、クラシック系のコンサートでも、注目のアーティストはやはりチケットが抑えづらいということは勉強になった。

 

別のアーティストの時は、余裕で自分の希望する席が取れたから、少し油断していたところがある。

 

実は、職場の回覧で、サー・アンドラーシュ・シフの来日コンサートのあっせんをやっていて、こちらを選ぶことも出来た。

 

チケット代は1万円を超えるが仕方がない。

 

シフの評判は薄ら聞くが、自分にはなじみがなかったから、今回の選択先に、とはならなかった。

 

80を超えたアルゲリッチにしろ、70近いシフにしろ、それなりの年齢だから(シフはまだ若いか)、いつアシュケナージのように引退、となるかわからない。

 

だから、若い愛実よりも、本当はこちらの大ベテランの方を優先すべきだったのかもしれない。

 

でも自分は今を頑張る彼女が見たいから、これで良しとする。

 

果たしてようやく取れた座席のその位置のために、悲しい思いをすることになるのか、さほどの問題とはならないのかは全く分からない。

 

分からないが、以前から抱いていた、小林愛実のコンサートに行ってみたいというボヤっとした望みに対するチャンスが訪れたのだ。

 

それも偶然、偶々、サイトを開いたその日が、コンサートの予約開始ができる日だったのだ

 

これを生かさなければ先が無い。

 

望まぬ席、かかる経費の多寡で、どうしてこれでやめてしまおうか。

 

身を切ってこれを受けなければ、何も生まれないのだ。