11月のピアノコンサート

目標である、二月に1度のコンサート。

先月が当該月でありなかなか対象が決まらなかったが、何とかギリギリ昨夜行くことが出来た。

 

予約をしたのが、一昨夜のことで、これまたギリギリであった。

当日窓口購入するつもりであったが、念のため自由席かどうかを調べた。

 

端の席が良いのだ。

当日好きな席に座れれば、それで良い。

 

席は指定とあった。

これではまずい。

 

そこで当日窓口購入ではなく、ネット予約をすることにした。

まずまずの席を選べたと思ったが、会場入りして失敗したと思った。

 

ステージに対し、かなり左寄りの位置だ。

演奏者の真後ろに近い印象だ。

すると2時間ほど、ただ演者の背中を拝みながら曲を聴くことになるのかと思って、気が滅入った。

 

だが、実際に演奏が始まると、それは杞憂であることが分かった。

全くの後方ではなく、左斜め50度ほどで、そこそこ腕の動きを見ることが出来た。

 

大体からしていつも真横ということは無い。

思い出すと、いつも演者の正面、つまりお顔を拝むのではなく、左サイドに座っていて背中側を見ていたのだ。

 

さて、今回のコンサートは、ピアノの独奏会で、つまりリサイタル形式であった。

 

以前、2月に一度サントリーホールに行かないと落ち着かないと書いたことがあったが、10月にサントリーホールに出掛けていた※から、気分は充足していて、別にそこのコンサートでなくても構わなかったが、11月に間に合うような催しはここしかなかった。

 

※その時は内田光子のコンサートチケットを買おうと出掛けたが結局は買っていない

 

会場は小ホールのブルーローズで、ここの会場の催しでは、最後までいたためしがなく、良い思い出が、ない。

 

演奏者は、それなりに立派な経歴を持っている人物で、海外を主な活動場所としているらしい。

このレベルのアーティストでも、大ホールの主役になれないのかといつも疑問に思うのだ。

 

曲目は、ロマン派のものが中心であった。

ショパン、リストの曲に精通しているからその通りとなる。

特に、リストには通暁しているようで、つまりそれは彼女も技巧派ということになろうか。

 

見た感じ、かなり上背があり、骨格もしっかりしていそうだがら、筋力もそれなりにあり、ピアノを押さえつけるような、ピアノと格闘するような演奏に感じられた。

ピアノを制圧するように見える動きすらある。

 

指の動きのそれは、素早いカニの足のようでもあり、大きな蜘蛛(言っては何だがまるでタランチュラ)のようでもある。手も大きいのであろう、オクターブも難なくこなしている。

 

リストは長躯で、掌も大きかったことを幸いに、超絶技巧の曲を作り演奏をしたが、彼女も丁度同じように、体格に恵まれ、リストを得意とする師に従事したのだから、自然そうなる。

ラ・カンパネラも、難しいと言いながらも弾きこなしていたから、やはり技巧派なのだろう。

 

会場のせいなのか、演奏のせいなのか分からないが、ピアノの音の収束が早く、響きが少ないような様な気がした。

勿論、演奏には何の問題も無いから、最後の曲まで聞いて帰った。

 

自分の場合、求めているものはピアノの技術ではなく音色であり、音の響きである。

基本の音は、いつものスタインウェイ&サンズのそれで、それ以上のものはなかった。

 

良い演奏ではあったけれど、それ以上のものでもないことはいつもの通りだ。

別に演者のせいではない。スタインウェイが好みではないのであろう。

 

いつもそうなのだ。

いつものように曲を聴いて、いつものようにただ家路についた。

 

さて、最後に演者についての心象も書いておこう。

 

登壇時、アウトフィットのせいか、出で立ちからするその印象は、ピアニストのそれ、というよりも、銀座の高級クラブのママのそれである、というように感じた。

休憩時に、ドレスチェンジがあったが、その印象は変わらなかった。

 

内に秘めたしなやかさ、というよりも発露する自信といったものが見え隠れする。

だから、高級な店を切り盛りするプレジデンシャルな銀座のママに見えたのだろう。

 

マイクを持ち、曲や作曲家の解説を始めると、一転変わって、柔和な表情と話す内容の深さも相まって、ピアニストのそれとなる。

 

20年を超えるキャリを持つベテランであるが、実年齢よりはかなり若く見えた。

観客の中に顔見知りが相当数いたようで、彼女がそのことに言及していた。

固定ファンが多くいるようだ。

 

理数系の組織や団体とのコラボレーションが珍しいと思った。

何か思惑があるのだろうか。

 

ところで彼女は桐朋系なのだ。

揶揄するようなことを上に書いたが、心のどこかで応援したいという気持ちが少し残った。